kino's blog

東電福島第一原発事故に関する事柄を中心に、雑感などを書き残していきます。 ライター・木野龍逸(きのりゅういち)のブログです。「検証 福島原発事故記者会見2ー収束の虚妄」(http://amzn.to/YxZqdi)

「水産資源の枯渇は、みんなの責任なんです」 −−−欧州議会議員 イサベラ・ロヴィーンさん

2010年6~7月、「持続可能なスウェーデン協会」の招きで初来日した『沈黙の海』の著者、イサベラ・ロヴィーンさん。水産資源の危機を訴えた同書は、環境ジャーナリスト賞など数々の賞に輝いた。現在は、ジャーナリストから欧州議会議員に転進し、政策立案の立場から海洋環境や海洋資源の問題に取り組んでいる。ロヴィーンさんに、来日の目的やスウェーデンにおける最近の変化について話を聞いた。

 

 「COP10で魚の乱獲と海洋環境の悪化を取り上げることは非常に重要です。日本は、漁業大国であると同時に輸入している水産物も非常に多い。実はヨーロッパも、水産物輸入がとても多いのです。だから日欧は、持続可能な漁業に向けてイニシアチブを取っていくべきです。そのためには、世論形成が必要だと思います」

 ロヴィーンさんがこの時期に来日した理由は、10月に開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に向けて、水産資源管理の重要性を訴えるためだと説明する。事態は危機的で、「緊急の対応が必要」だと、ロヴィーンさんは強調する。

 日本に来たのは初めてというロヴィーンさんは、日本の水産行政や政治の動きがスウェーデンのそれに似ていると感じたそうだ。ロヴィーンさんが『沈黙の海」を上梓した2007年秋当時、スウェーデンの水産行政は水産資源の持続可能性について、ほとんど何も手を打っていなかったのだ。

「私がスウェーデンでこの問題を調べ始め、行政の担当者たちにインタビューをしたとき、ものすごくフラストレーションが溜まりました。環境政策と漁業政策の間に、ほとんど何もリンクがないことに気づいたからです。魚に関するすべてのことは、漁業を担当する行政機関が独占的に管理していて、環境行政はまったく関与していなかった。今回来日して、日本も同じだなと感じています。

 でもやはり、取材過程で一番ショックだったのは、いちおうは環境問題では先進的な取り組みをしているとされるスウェーデンの中で、こうした状況がずっと続いていて、研究者も行政も政治家も、水産資源が危機的状況にあるというデータが出ていることを知っていたにもかかわらず、誰も何もしなかったということです。その結果、スウェーデン近海のタラの漁獲量は、70年代は年間1万5000トンだったのが、昨年は192トンになってしまった。でも問題は、それだけではないのです」

 ロヴィーンさんは本の中で、魚を捕り過ぎると量が減るだけではなく、海の質が悪化し、生態系全体が変化していくことを、何度も強調している。この現象は、近年、日本の沿岸部にエチゼンクラゲが大量発生していることなどにも通じるものがある。

「世界の海ではこれまでに、食物連鎖のトップにいる肉食魚を、70〜90%も捕ってしまっている。これにより生態系が地球規模で変化していることは、たいへん大きな環境問題だと思っています。スウェーデンの場合、かつてはタラを捕っていた海域で、今はノルウェーロブスターというエビが捕れるようになりました。これは世界的に見られる現象で、魚がいなくなると代わりに貝やエビ、クラゲが増え、食用の魚はさらに減っていきます。

 もちろん地域によって状況はちがいます。地中海やバルト海といった閉ざされた海では影響が早く現れます。でも最近は、フランスとスペインの間の外洋でもアオコの発生が増えているなど、肉食魚を取り尽くした影響が徐々に出てきています」

 スウェーデンでは、水産資源管理を放置した結果、漁獲量が大幅に減少し、漁業に深刻な打撃を与えてしまった。 

「行政機関が水産資源を管理せず、捕ることだけに目を向けていたのは、沿岸部の小さなコミュニティにおける雇用の問題もありました。規制をせず、彼らの生計を維持しようとしていたのです。でも結果は、漁師たちが生計を立てる基盤を崩壊させてしまいました。

 現在のEUでは、漁獲量が減少しているために補助金や税の免除などさまざまなサポートをすることで漁師の数を維持しています。しかしこうした助成により、魚群探知機の搭載や船の高性能化などが進んで漁獲能力が拡大してきました。その結果、さらに魚が足りなくなり、利益が上がるような事業ができなくなるという悪循環にはまっています。

 実は今回の滞在期間中に、シャコ漁をしている神奈川県の漁師さんを訪問したんです。そこでは80年代には週に5日間、漁に出ていたそうです。でも今は捕れるものが少なくなり、週に2日間しか漁に出ないという話を聞きました。数カ月間は、まったくシャコを取らない期間もあるそうです。

 漁師にとって、ほかの仕事を探さなくてはいけないのは厳しいということはわかりますが、多すぎる漁師を維持し続けると悪循環の深みにはまり込みます。それにノルウェーやニュージランド、アイスランドなどのEU域外では、実際に補助金を撤廃した国もあります。そこでは漁業が非常にうまくいっているんです」

『沈黙の海』の冒頭部分には、ストックホルムで開催されたウナギのシンポジウムで、シラスウナギの生息数が“過去20年間で99%も減少した”という報告があり、ウナギ業界の代表者が「これはあなた(みんな)の責任なのです」と、ロヴィーンさんを指し示しながら発言する場面が描かれている。ところでEUで捕れたシラスウナギの多くは中国に輸出され、日本にやってくる。だから「あなた」の中には日本も入っているといえる。

「みんなの責任なんです」

 ロヴィーンさんは冗談めかして、自分がいわれた言葉を繰り返した。しかし言葉の意味は重く、現実に漁獲量の急激な減少に有効な手立てを打っていない日本の状況を考えると、スウェーデン同様、極めて厳しい未来がやってくることは容易に想像できるのである。

 

イサベラ・ロヴィーン

スウェーデン出身。1985年から2005年までジャーナリストとして消費者問題に取り組む。2007年夏に『沈黙の海ー最後の食用魚を追い求めて』を出版し、ジャーナリスト大賞、環境ジャーナリスト賞などさまざまな賞を受賞。2009年6月にスウェーデン環境党(スェーデン議会の連立与党)から欧州議会選挙に立候補し、当選。現在は欧州議会議員。『沈黙の海ー最後の食用魚を追い求めて』(佐藤吉宗訳・新評論刊)